そもそも、この漫画のポイントは「浦島太郎」なんです。
日本人なら誰でも知っている浦島太郎の昔話。僕も子供の頃に聞かされたか、絵本で読んだか…忘れましたが、「玉手箱」が最後にでてきますね。話のオチに重要、なくてはならないもの。
僕が、そのオチを知った時、まったく意味が解りませんでした。「何でおじいさんになるんだろう?」 楽しい竜宮城で、遊び過ぎたための罰?子供の僕にはこのオチは大きな謎でした。多分、親に尋ねたりしたんだろうけど、納得した記憶が無いんです。長じて物心がついたある日、ハッと気づいたんです。竜宮城にいた何日間は、浦島太郎のもとの世界では何十年も経っていたわけで、太郎のその経過時間を修正して本来の時間の尺度に合わせたんですね。すると当然、何十年も経っているわけですから、その年数をたすとおじいさんになるわけです。
すごい理屈ですね。だって他の話、漫画やアニメ、映画や小説にしても未来や過去に行ったって、その人は現状維持でそのままの姿であるのが普通ですよね。実は、僕の漫画「れお子」でリップ・ヴァン・ウインクルをとりあげたんです。その人物も、もとの自分の世界に戻るのですが、特に年をとるような展開にはなっていない。SFだとコールドスリープなんかやって何年経っても目覚めると元の姿のまま。
玉手箱で時間の進み具合を一本化。竜宮城の住人は許されて、この世の人間は許されない。太郎をおじいさんにさせて、作者は何を言いたかったのだろう…。あまりこの話題を続けると漫画の面白さが、危うくなってきてネタばれしそうです。
話しは変わって、みなさんは「パー●ン」を知っていますか?藤子ふじおのアニメですよね。このアニメの主人公がパーマ●になる時、自分の替わりにダミー人間を起動させるんです。鼻のてっぺんをポチっと押して。これも衝撃でしたね。なぜかというに、スーパーマンでもバットマンでもスパイダーマンでも…仮面ライダーでもウルトラマンでも、ともかく主人公は姿を変えて活躍するのですが、自分の身代わりを用意して、自分と変わらないいつもの生活を演じさせる主人公って、パ●マンの他にいるのだろうか?
今回のこの「ドラキュア」は、このふたつの話がアイディアの原点ですね。これは、僕なりの答えを見せる漫画でもあります。