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漫画についてあれこれ

有終の美

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お晩です。

思い付いたことを…ちょっと。

 

上の下描き、スクショなんだけど、初期段階ってラフで荒々しいですよね。この段階でレイヤー10枚以上使ってます。どんどん使います。目の枠だけ、瞳だけ、鼻だけ、口だけ、ついでに、目を片方だけまとめて複製、それを反転して反対側の対になる目にする。

眉や耳も複製する時あるけど、目ほど神経使いません。目って、動物も昆虫も生物の全般では、必ず水平に対になります。ま、例外はありますけど…。(例外思い付いた人はかなり物事よく見てますね)

試しに、上の絵をスクロールして画面のフレーム視認限界まで動かすと解ります。目は左右同じく水平にフレームに接触して消えていくでしょう。

 

こうして眺めると荒々しい線が惹きつけます。このくらいのほうが、描線に勢いが感じられて魅力的。

で、作業を進めて行くと段々勢いが落ちてきて、荒々しさが消えていきます…。その代わり安定したキレイな描線に移っていきます。より見やすく、洗練されていくんです。

どちらも良いんですが、完成品となるとまず、初期段階の荒々しさは影をひそめています。閲覧者は作品の完成品しかみることはできません。

映画でいうとメイキングっていうヤツですね。制作過程を垣間見せる…。それなりに興味があるものです。

この、初期段階の荒々しさっていうのと、完成した後、…絵はそのままですが、例えば建築物、食品、料理…そして人間。

これらは、完成してから崩れていきます。その崩れていく様は、どこか初期段階の荒々しさに似ています。

初期段階の荒々しさは、完成に向かう無秩序、手探りでなにが正しいのか探求する情熱…そういうものを感じます。しかし、完成した後、どれくらい維持できるか?すぐさま崩壊し消え去ろうとする物もある。

木に実る果実。成長して実を結び、やがて熟して腐敗し地面に落ちる。果実の崩壊には、美的な感触は少ないけど、建築物にはいろいろ感傷的になってしまう。

 

多分、建築物の崩壊に感傷的になるのは、建築物が自然崩壊するより、人為的に破壊されたという事実を思い起こすからではないか?風雨による侵食、老朽化より侵略者による破壊があって崩壊。また、自然崩壊の範疇になるとは思うが、突発的な事態。地震や火山噴火がそうだ。人為的ではないが、そういうイメージを持ってしまうのも何か分かるような気がする。

崩壊の美学とでも言おうか、そこには人命が奪われたという悲劇が隠れているように思う。死と美学、…一瞬、なんと罰当たりと思うかもしれないけど、死を終わりと捉えれば、有終の美ということにもなる。

 

最近、親類や知人の親などこの世を旅立つ人がチラホラ…。僕自身もいつかは…。それはみなさんも同じです。

そんなことをツラツラと考えてると、あることを思い出すんです。

蛍の光」という曲をご存知でしょうか?まぁ…、知らない人はいないでしょう。イギリス、スコットランドの民謡らしいです。

何故か郷愁、ノスタルジー…どこか物悲しい、そう思ったことはありませんか?

あれを聞くと、ソワソワしてきて、今居る場所を出ないと…いけない!早く、曲が終わらないウチに!

こういう人が大半だろうけど、それはちょっと脇に置いて下さい。

 

みなさんは、レムリア大陸をご存知でしょうか?ユーチューブで聞いた話ですが、「蛍の光」はこのレムリア人達によって歌われていた…とか。

続きは、また…。とかって、言ったまま忘れてしまったりしますが、気をつけます。(^^;)

 

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